ござりまするな。なんの灸でござる」
「にんにく灸のあとでござります」
「なに? にんにく灸とのう! あまり耳にせぬが、なんの病にきくお灸じゃ」
「これをいたしますれば、とついでから気欝《きうつ》の病にかからぬとか申しまして、ゆうべ式へ出がけに、姉さまがわざわざおすえくださったものでござります」
「姉?」
「あい。なくなった母さまの代わりになって、わたくしと弟を育てあげてくださった姉でござります」
「ほほうのう。いや、もうよろしゅうござる。キリシタンバテレンのしわざなら格別、さもないかぎりは、ひとりでにいれずみが膚に浮き上がるはずもござるまい。なんとか詮議の道もたとうゆえ、それまではまずまず仲むつまじゅう語り暮らすが肝心じゃ。――いずれまたのちほど、おじゃまでござった」
 長居は無用とばかり静かに立ち上がると、名人は止めるひまもないうちにもう表のやみの中へ吸われていきました。
「おどろいたね。目がくらくらしやがって、墨田の川がどっちにあるか見当もつかねえや」
 出るといっしょに、たちまち音をあげたのは伝六です。
「力がはいるね、力がね。ひとさまのものだが、なんしろいい女の子のことなんだか
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