てね、あそこはこのごろできた白首女の岡場所《おかばしょ》だが、だんなのなじみがいるんですかい」
「しようのねえやつだな。なんて血のめぐりがわりいんだ。この扇子をよくみろい。栄五郎め、内職にこんなものをかいたはずあねえんだ。お中元用の配り物に新花屋のこの女から頼まれて、ちっとばかり鼻毛をのばしながら、せっせとかいたもんだよ」
「パカにしちゃいけませんよ。あっしだって字も読めりゃ、絵も読めるんだ。たいそうもなくいばって、この女、この女とおっしゃいますが、この女の顔がどこにかいてあるんですかい」
「あきれたやつだな。こないだじゅう少しりこうになったかと思ったら、またよりがもどりやがった。この絵をよくみろい。咲きみだれた小菊がどれにもかいてあるじゃねえか。両国新花屋小菊と申す女でござります、といわず語らずにこの絵でちゃんとご披露《ひろう》しているよ。きっと、栄五郎のやつ、この女にはまり込んでいるにちげえねえ。新花屋を当たりゃ野郎の足がつかあ。早くしたくしな」
「なるほどね。おつりきな読み絵をかいていやがらあ。さあ来い。ちくしょうッ。――駕籠《かご》屋! おうい! 駕籠屋!」
飛び出したら早い。
神田代地から両国|河岸《がし》までは、柳原の土手伝いにまっすぐ一本道です。このごろできた岡場所と伝六がホシをさしたとおり、河岸っぷちに怪しげな家が七、八軒看板を並べて、新花屋というのはその三軒めでした。
「あら。いきなにいさんね。ちょっと遊んでいらっしゃいよ」
「えへへ……たて引くかい。おら、八丁堀の伝六っていう勇み男なんだ。こっちのだんなは、江戸の娘がぞっこんの――」
「こらッ。何をのぼせているんだ。――許せよ」
伝六をたしなめながらずっとはいっていくと、むだがない。そこの女だまりの小べやの中へ、じろじろ鋭い目を送っていたが、五つ鏡台が並んでいるのに、遊び女は四人しかいないのを見定めるや、間をおかずに、さえざえとした声が飛びました。
「ひとり客を取っているな」
「おりますが、それがなんか――」
「小菊という名の女だろう――」
「そうでござんす。何かご用でも――」
「大ありじゃ。座敷へ案内せい」
怪しみおびえながら導いていったひと間は、薄暗い二階の裏座敷でした。
案の定、へやの中には、目ざしたホシの栄五郎が朝酒の杯をふくみながら、それこそ小菊とおぼしきおしろいくずれのした女と、よろしく歓をつくしているのです。
「やにさがっているな」
「なんでござんす! 不意にひとのへやへはいってきて、失礼な! なんの用がおありでござんす!」
「ちっとばかりお上の御用筋さ。正直に申し立てろよ。おとついの夜から姿をかくして、ここへ居つづけしているのを突きとめたからこそ、わざわざお越しあそばしたんだ。安い金では、二日もとぐろが巻けるわけはない。どこから金の茶がまが降ってきたんだ」
「恐れ入りました。お上のかたがたでござりましたか。それとも存ぜず、とんだぶちょうほうな口をききましてあいすみませぬ。いいえ、お役人衆ならちょうどさいわい、当人のてまえも気味わるく思っておりましたやさきでござりますゆえ、何もかも申ましょうよ。じつは、この金の出どころが少し不思議でござりましてな」
「なにッ。不思議な出どころ! どうして手にはいった金だ」
「どうもこうもござんせぬ。ちょうどおとついの日暮れ少しすぎでござりました。駕籠屋が突然、てまえのところへだれかさっぱり差し出し人のわからぬ書面を持ってまいりましたのでな。何心なくあけてみると、特にあなたに朱彫りがしていただきたい、こちらのするとおりになっていたなら、お礼は五十両さしあげる、と、こんなに書いてあったのでござります。変なお頼みとは思いましたが、五十両なぞという大金は、わたくしふぜいが二年三年身を粉にして働いてもなかなか手にはいるものではござりませぬゆえ、つい欲にかられて道具の用意をしながら出てまいりますると、いきなり駕籠屋が力まかせに押えつけて、目隠しをしてしまったんですよ。それから先が不思議、どんどん飛ばしていって、目隠しのまま連れ込んだ家が、どこのどなたの住まいかわかりませぬが、たしかに薬屋なんでござんす」
「なにッ、薬屋!」
「そうなんでござんす。ぷうんと家じゅうに薬のにおいが漂っておりましたからね。はてな、変なことをなさるなと思っておりましたら、だれともわからぬ人がそでをひっぱって、ぐんぐん裏座敷らしいところへ連れていきましたのでな。いうとおりになっていろというのはこのことだろうと思って覚悟をしておりますると、男とも女とも、年寄りとも、若い者ともわからぬ声で、もうよい、目隠しを取れ、といいましたゆえ、こわごわ取りはずしてみますると、目の前に紙切れが置いてあって、それに変なことが書いてあるんでござんす。いま障子の穴
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