何を急いでおるのか、あたふたと駕籠を気張って出かけましたようでござります」
「その駕籠はどこで雇うたか」
「黒門町手前の伊予源《いよげん》と申しまする駕籠宿からでござります」
「顔だちは? べっぴんか」
「さよう、べっぴんというにはちと縁が遠うござりましょうかな」
「持ち物は?」
「何一つ持たずに、手ぶらでござりました」
「路銀は、いや、金はどのくらい所持しておったかわからぬか」
「きのうがちょうど宿払いの勘定日でござりましたゆえ、きんちゃくの中までもよく存じておりまするが、てまえがたの入費を支払ったあと、まるまるまだ三両ばかり残っておりましてござります」
「男なぞの出入りした様子はないか」
「少しも!」
「しかとさようか」
「なれなれしげに男と話をしていたところさえ見たことがござりませぬ。まして、ここへ男なぞ呼び入れたことは、ついぞ一度もござりませぬ」
「よし。では、くにの荷物、残らずこれへ取り出せい」
さし出したのは手梱《てこおり》が一つ、ふろしき包みが一個、孫太郎虫呼び商いの薬箱が一つ。
まず梱から手初めに調べました。着替えが二枚、帯が二筋、それっきりでした。しかも、共にたい
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