「二十いくつじゃ」
「三のはずでござります」
「なつと連れだって麻布へ呼び商いに出かけたのはいつじゃ。けさ早くか」
「いいえ、きのう昼すぎからいっしょに出かけまして、ふたりともゆうべひと晩帰りませんなんだゆえ、どうしたことやら、みなしてうち案じておりましたところ、おくにどんだけがけさがた早くこの片そでをちぎられた仕着せ着のままで帰ってくると――」
「うろたえておったか」
「へえ、なにやらひどくあわてた様子で帰りまして、このとおり商売道具も何もかも投げ出したまま、急いで外出のしたくを始めましたゆえ、不審に思うておりましたら、尋ねもせぬに向こうからいうたのでござります。おなつがまい子になったゆえ、これからお願をかけに行くのじゃ、あとをよろしくと申しまして――」
「願かけにはどこへ行くというたか」
「浅草の観音さまへ、とたしかに申しましてござります」
「出かけたときの姿は?」
「日ごろからなかなかのおしゃれ者で、残った金はみな衣装髪のものなぞへ張りかけるほうでござりましたゆえ、けさほどもはでな黄八丈《きはちじょう》に、黒繻子《くろじゅす》の昼夜帯、銀足の玉かんざしを伊達《だて》にさして、
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