唖然《あぜん》となって、ぱちくりやっている伝六を促しながら、じつに不思議です。ゆうゆうと両手をふところにして、手もなくのけぞり倒れたお蘭をあとにしながら、さっさと表のほうへ出ていきました。同時に、ちらりとその姿をながめて、疾風のごとくに身を隠そうとした怪しの尾行者に、追いかけていったものです。
「ご苦労ご苦労。みんなによろしくな」
言い捨てると、なぞは深し、行くのです、帰るのです。小降りの雨の中をぬれて歩いてかどを曲がりながら、ほんとうにさっさと道を急ぎました。――と見えたのはしかし二町足らず、ずかずかとふたたびかざり屋のかどまで引っ返してくると、ぴたり、そこの物陰に身を潜めながら、帰ると見せて立ち去ったお蘭の家の表のけはいに烱々《けいけい》と鋭いまなこを配り放ちました。
来る! 来る!
わらじ姿の町人こそは、まさしく黒岩の一味の、見る目、かぐ鼻、様子探りの先手であったとみえて、どこぞ向こうの町かげにでも潜み隠れていた清九郎たちに、いちはやく名人右門退散と注進したものか、待つほどもなくぞろぞろとやって来るのです。
ひとり。ふたり。三人。四人。いずれも身ごしらえ厳重の武芸者ふ
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