あ。ようがす! ちっと気になるやつが、さっき表をうろうろしやがって姿を消したからね。ちょっくら様子を見てまいりましょうよ」
 のぞいてみると、意外! 脱兎《だっと》のごとく消えてなくなったはずのあの町人が、いつのまにかかいがいしいわらじ姿につくり変えて、身ごしらえもものものしいうえに、こしゃくな殺気をその両眼にたたえながら、じっと中のけはいをうかがっているのです。
「ウフフ、背水の陣を敷いたかい。じゃ、こっちでもひとしばいうってやらあ」
 ずかずかと縁側伝いに離れへ帰ってくると、
「お蘭どの!」
 上がりがまちから不意に鋭く呼びかけたと見るや、じつに突然でした。いぶかるように呼ばれたそのお蘭がひょいと障子をあけたせつな!
「ちょっとあの世へいってきなせえよ!」
 声もろともに、ダッとひと突き、みごとな草香の当て身でした。
「冗、冗、冗談じゃねえ、だんな! 払い下げるなら、あっしがいただきますよ! こんなとてつもねえ弁天さまを、なんだってまたそんなにむごいことするんですかよ! べっぴんすぎて、ふらふらとなったんじゃござんすまいね」
「黙ってろい! ついてくりゃいいんだ。もうけえるんだよ」
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