て口ばかりはけっして抜からぬ伝六、いっこうに筋道の通らぬどなり声が不意に飛んでいったので、不審げに目をみはりながらふり向いたその顔へ、名人の声が静かに襲いました。
「精が出るな、景気はどうかい」
「上がったり下がったりでござんす」
「世間の景気を聞いているんじゃねえんだ。おまえのところの景気だよ」
「下がったり上がったりでござんす」
「味にからまったことをいうおやじだな、お蘭しごきの売れ行きはどんなかい」
「売れたり売れなんだりでござんす」
「控えろ、何をちゃかしたことを申すかッ。神妙に申し立てぬと、生きのいい啖呵《たんか》が飛んでいくぞッ」
「それならばこちらでいうこと、かりにも加賀|大納言《だいなごん》さまお声がかりの御用商人でござんす。あいさつもなく飛び込んできて、何を横柄《おうへい》なことをおっしゃりますかい」
「とらの威をかるなッ」
 姿もひねこびれたおやじですが、いうこともまたひねこびれたおやじです。前田家出入りに鼻を高めたその鼻の先へ、すさまじくほんとうに生きのいい啖呵《たんか》が飛びかかりました。
「この巻き羽織、目にはいらぬかッ。加賀のお城下ならいざ知らず、八百万石お
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