りおどし文句の本尊の根城にでも乗り込むんだろうと肝を冷やしていたんですよ。ここへ来たからにゃ、お蘭しごきもここで染めあげたにちげえねえとおにらみなすってのことでしょうね」
「決まってらあ、江戸紫が紅徳か、紅徳が江戸紫かといわれているほどの名をとった老舗《しにせ》なんだ。加賀百万石の御用染め屋で、お蘭が加州家奥勤めのお腰元だったら、しごきもここが染め元と眼《がん》をつけるなあたりまえじゃねえかよ。むっつりしてはおっても、やることはいつだってもこのとおり筋道が通っているんだ、気をつけな」
「ちげえねえ!――おやじ、おやじ、紅屋のおやじ! おまえもちっと気をつけな。むっつり右門のだんなが詮議《せんぎ》の筋あって、わざわざのお越しなんだ。気をつけてものをいわねえと首が飛ぶぞッ」
「は……? なんでござんす? やにわとおしかりでございますが、てまえが何をしたんでござんす?」
 びっくりしたのは紅屋徳兵衛です。そこの店先にすわって、商売物のもう用済みになったらしい染め型紙をあんどんの灯《ほ》ざしにすかしてはながめ、ながめてはすかしつつ、一枚一枚と余念もなく見しらべていたところへ、ああいえばこういっ
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