でした。――せつな! 濃いやみの木立ちの中から、ウシッ、ウシッというかすかな声が聞こえたかと思うやほえ声もあげず、うなり声もたてずに、疾風のごとく飛び出してきたのは、精悍《せいかん》このうえないまっくろな猛犬でした。と、見えるや同時です。人形出してのろい打ちに取りかかっている三人のうちのひとりののど首目ざしつつ、ぱっと虚空に身をおどらしたかと思うやいなや、がぶりとかみつきました。だが、その一せつなでした。
「また出たかッ」
 残ったふたりが叫びざまに抜き払うと同時に、手ができていたのです。よほどの剣道達者、腕に覚えの者たちであったとみえて、ひとりを倒したすぐとあとから、身をひるがえしつつ襲いかかろうとした猛犬をさッと一閃《いっせん》、薙《な》ぎ倒したかと見えるや浴びせ切りに切りすてました。といっしょです。
「ま! クロを仕止めましたな! もうこれまでじゃ、お家にあだなす悪人ばら、村井|信濃《しなの》が娘、田鶴《たず》がお相手いたしまする。お覚悟なされませい!」
 りんと涼しい叫び声もろとも、懐剣片手にふりかざしながらおどり出たのは、夜目にもそれと知られる二九二十《にくはたち》ごろのりり
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