祈願所を汚しましたる不敬の数々、なにとぞお許し願わしゅう存じます」
「なんのなんの、そのごあいさつでは痛み入りまする。学頭さまもなんぞ容易ならぬ詮議の筋あってのことであろう、丁重にもてなしてしんぜいとのおことばでござりますゆえ、どうぞごゆるりとおくつろぎくださりませ」
 さすがは忍ガ岡学寮の青道心です。早くも名人の不審なふるまいをそれと看破したとみえて、まもなくそこに運ばれたのは、けっこうやかな精進料理の数々でした。
「ちぇッ。持ちたきものは知恵たくさんの親分だ。昼寝に手品があろうとは気がつかなかったね。まあごらんなせえよ。この精進料理のほどのよさというものは、またなんともかともたまらねえながめじゃござんせんか。しからば、ひとつ、おにぎやかなおかたも遠慮のうちょうだいと参りますかね」
 こんな気のいい男というものもたくさんはない。いましがたまでふぐのようにふくれていた伝六は、たちまちえびす顔に相好をくずしながら、運ぶこと、運ぶこと、はしと茶わんが宙に六方を踏んで目まぐるしいくらいでした。
 しかし、名人はなかなかに御輿《みこし》をあげないのです。兵糧とってじゅうぶんに戦備が整ったならば
前へ 次へ
全69ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング