歌舞伎と大のぼりの見える江戸屋江戸五郎の小屋でした。
「ちょっと、ちょっと。こんな人けもねえような小屋に、なんの用があるんです。鬼娘じゃあるめえし、食い切った小指の詮議《せんぎ》なら、江戸五郎は見当ちげえじゃござんせんかい。いかに二三春がとち狂ったにしても、ほれてほれてほれぬいた男の小指を食いちぎるはずあねえですぜ」
「うるせえや。死人に口がありゃ、こんな苦労はしねえんだ。黙ってついてきな」
 どんどんはいっていくと、ちょうど幕のあいていたのをさいわい、土間の片すみからその鋭いまなこを送って、おりから水芸所作事に踊り舞っている江戸五郎の両手の先をじっと見調べました。しかし、あるのです。右にひるがえし、左に返す両手には、いずれも五本の指が満足にあるのです。
 と見るや、名人はどんどんまた引っ返していって、大坂下り若衆歌舞伎と大のぼりの上がった嵐三左衛門の小屋の中へ、かまわずに押し入りました。ここはまえと違って、いかさま、江戸のお盆人気をひとりで占めているらしく、わんさわんさの大入り繁盛です。しかも、舞台にきらびやかな大身の槍《やり》を擬しながら、槍六法を踏んでいたのは、まぎれもない座頭《
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