のごとく置かれてあるのでした。江戸絵なのです。それもただの江戸絵ではない。若衆歌舞伎十二枚のうち、江戸屋江戸五郎|胡蝶《こちょう》物狂いの図と、彫り書きの見える一枚刷りの大にしき絵の前に、供え物のごとくに置かれてあるのです。
「あけてみろ」
 命令とともに、伝六がおそるおそるあけてみるやいなや、名人もろとも、あッと声をたてました。血のにじみ出ていたのも道理、中から出たのはまさしく人のなま指なのです。それも小指なのだ。あきらかに歯で食い切った男の小指なのです。
「なぞはこれだな。みせい、みせい」
 ぶきみもかまわずに取りあげて見調べていましたが、とたんに名人のさえまさった声が放たれました。
「まさしく、役者の指だ。つめの間をみろ。おしろいがしみ込んでいるじゃねえか。江戸五郎の一枚絵にこれを供えてあるたア、二三春も存外の知恵巧者だぜ。行く先ゃ奥山だ。奴凧《やっこだこ》のようになってついてきな」
 紙ごと小指を懐中すると、ひた急ぎに急いだ先は、真夏の真昼の焼きつける暑さもなんのそのと、今が人の盛りの奥山の、見せ物小屋が軒を並べたその一郭です。しかも、ずかずかとはいっていったところは、水芸若衆
前へ 次へ
全47ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング