、あちらにまごまご、こちらにまごまごと、必死になって敬四郎たちが追いまわしているのを、ふところ手しながら見守っていましたが、そのときふと名人が荒れ狂っている狂人の手を見ると、右手の血まみれな出刃包丁はよいとして、左手になおしっかりと、かじりかけのなまもちを握りしめているのが、はしなくも映りました。しかも、さらに目を転ずると、今までなまもちにそれをつけながらかじりかじり張り番をしていたらしく、三人の子どもの死骸《しがい》のまくらもとに、きな粉のさらがうやうやしく置いてあるのがふと目に映ったものでしたから、名人の顔が美しくほころびました。
「お知恵のないおかたというものは、いたしかたのないものじゃな。物事には法があるのじゃ。二刻近くもヤットウのおけいこをなさっては、さだめしご空腹でござりましょうから、ちょっとお手貸しいたしましょう」
静かに立ち上がりながら、きな粉のさらを手にすると、
「おにいさん……」
声からしてできが違うのです。笑いわらい、荒れ狂っている狂人に近づくと、やさしく呼びかけました。
「そなた、このきな粉に未練がおありだろう。こわいおじさんたちは情がないから、しかたがない
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