まったく驚くほかはない。いや、むしろ壮観でした。右の十何色のうちから、風しだい舵《かじ》しだいで、はしの向いたほう、舳先《へさき》の向いたほうをたっぷりいただくと、もうこれで胆力はじゅうぶん、といわぬばかりに、ずいと立ち上がって、珍しやきょうは黒羽二重上下の着流しに、すっぽり雪ずきん――、雪駄《せった》の音が江戸一のいきな音をたてながら、いよいよ二十一番てがらの道中にかかりました。

     3

「うちはどこだ」
「あれですよ、あれですよ。妻恋坂を上りきって、右へ十五、六間いったところの二階家だといいましたからね。たぶん、あのしいの木の下のうちですよ」
 しかるに、その二階家の前まで行くと、表へいっぱいの人だかりがしているのみか、もうとっくにあばたの敬四郎が手配をつけてほとぼりもさめているだろうと思ってきたのに、案に相違して、中ではまだしきりにどたんばたんとやっているのです。
 ひょいとのぞいてみると、その若いのが伝六の報告にあったなぞの狂人にちがいない、気違い力を出して、血まみれの出刃包丁をふりまわしながら、しきりにあばれつづけているのを、あれから今までかかってまだ捕えること
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