なった者。さればこそ、屋敷のもよう様子なども心得たこの愛くるしいお公卿《くげ》さまに、白羽の矢が立ったとてもなんの不思議はないが、聞いて、納まらなかったのは伝の字あにいです。
「ちぇッ」
 特別に勇ましく鳴らすと、いうことがまた伝六流でした。
「うまくやっていやがらあ。犬になるなら大所の犬にとね。安くてまず小判、少し風もようがよろしくばご印籠《いんろう》ものだ。――ね、だんな、かりに辰めが今の使い賃にその印籠をいただいたと思ってごろうじろ。おくだされあそばす殿さまは今が飛ぶ鳥の豆州さまなんだからね。いずれは堆朱《ついしゅ》か、螺鈿《らでん》細工のご名品にちがいないが、それに珊瑚珠《さんごじゅ》の根付けかなんかご景物になっていたひにゃ、七つ屋へ入牢《にゅうろう》させても二十金どころはたしかですぜ。ね! だんな! だんなは辰めがうらやましくないんですかい!」

     2

 しかるに、うらやましいにも憎いにも、その辰がどうしたことか容易に八丁堀へ帰らないのです。お屋敷へいって、小石川へ回って、ご命令どおり弓をお届けしたにしても、じゅうぶんお昼までには組屋敷へ帰るだろうと思われたのが、八
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