ますまい。いずれにしても、かような太刀《たち》を辰の手に残しておいたはなによりさいわい、これを手がかりにいたさば、おっつけ下手人のめぼしもつきましょうゆえ、とくと見調べまするでござりましょう」
 取りあげて錵《にえ》、におい、こしらえのぐあいを、巨細《こさい》に見改めていましたが、その目が鍔元《つばもと》へ注がれると同時に、ふふん――という軽い微笑が名人の口にほころびました。
「わかったか!」
「たぶん――」
「なんじゃ!」
「この鍔《つば》をごろうじなさりませ。まさしく千柿《せんがき》名人の作にござりまするぞ」
「なに! 千柿の鍔とな」
 伊豆守の驚かれたのも当然――当時千柿名人の千柿の鍔といえば、知る人ぞ知る、知らぬ者は聞いておどろく得がたい鍔だったからです。住まいは目と鼻の先浅草|聖天町《しょうでんちょう》、名人かたぎも名人かたぎでしたが、読んで字のごとく、鍔の裏と表に柿の金象眼を実際の数で千個刻みつけるために、早く仕上がって一年半、少し長引けば三カ年、したがってそのこしらえた今までの千柿鍔も、六十歳近いこのときまでに、せいぜい十個か十五個くらいのものでした。作品の数が少なければ
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