どかしいように差し出したのは、次のごとき一通の密書でした。
[#ここから1字下げ]
「――いかなることあるとも他言いたすべからず。大事|出来《しゅったい》、一刻を急ぎ候《そうろう》あいだ、馬にて参るべし。 豆州」
[#ここで字下げ終わり]
かつてないお差し紙です。一刻を急ぎ候あいだ馬にて参るべしとは、将軍家のお身のうえにでも変事があったか、それとも伊豆守ご自身にかかわる大事か、いずれにしても容易ならざる急達でしたので、物に動じない名人のことばもおのずから震えました。
「どちらに! 殿は、どちらでござります?」
「お下屋敷じゃ!」
「馬は?」
「これじゃ! てまえのこの鹿毛《かげ》にて参れとのご諚《じょう》じゃ!」
「心得ました!」
代わってひらりとうちまたがると、
「伝六。つづけよッ」
降りまさる雪の夕暮れ道を八条流の手綱さばきもあざやかに、不忍池《しのばずのいけ》の裏なる豆州家お下屋敷目ざして一散走りでした。
はせつけたのは、ちょうど暮れ六ツ。パッと馬を捨てて地上に降り立ったとき――、
「おう! 参ったか!」
ご門わきの茂みの中から、雪ずきんもされずに、降
前へ
次へ
全43ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング