まえじゃござんせんか。じつあ、この一座に尾州下りの市村宗助っていう早変わりのうめえ役者がいるんですがね。これから幕のあく色模様名古屋|音頭《おんど》で、市村宗助が七役の早変わりをするってんで、みんなそれを目当てでやって来たのに、今にわかと用ができて舞台に出られねえと頭取がぬかしゃがったんで、このとおりわめきだしたんですよ」
 早変わり役者で、あまつさえ名も宗助といったものでしたから、なんじょう名人の目の光らないでいらるべき! ただちに楽屋裏へやって行くと、居合わした道具方に鋭くきき尋ねました。
「市村宗助はいるか、いないか!」
「今、楽屋ぶろから上がってきたようでしたから、まだいるでしょうよ」
「へやはどこじゃ」
「突き当たりの左っかどです」
 走りつけていってみると、だが、目を射たへやの光景とその姿!――案の定、高飛びをするつもりからか、伝六がいったあのときの駕籠の中の鍼灸《しんきゅう》の道具箱を、たいせつなもののようにそばへ引きよせて、本人なる宗助自身は、巧みなその早変わりを利用しつつ、今度は女に化けて逐電しようという計画のためにか、なまめかしい緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじ
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