かな顔をしながら、ちょこちょこと飛んでいったようでしたが、すでにそこへうやうやしくお差し紙をいただいて帰りましたものでしたから、取る手おそしと開いてみるに、そもいったいなんとしたものでありましたろう!
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「――ただいま尾州家より家老をもって内々のお申し入れこれあり、品川宿の一条に対する詮索《せんさく》詮議《せんぎ》は爾今《じこん》無用にされたしとのことに候《そうろう》条、そのほう吟味中ならば手控えいたすべく、右伝達いたし候。
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松平伊豆守
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]近藤右門へ」
 意外にも吟味差し止めのいかめしやかなお書状でしたから、晴れたと見えたのもつかのま、この世の悲しみを一度に集めたごとく青々と面を青めると、力なく言い捨てました。
「伝六。床を敷け」
「…………」
「何を泣くんだ。泣いたって、しようがねえじゃねえか。早く敷きなよ」
「でも、あんまりくやしいじゃござんせんか」
「身分が低けりゃしかたがねえんだ。なんぞ尾州様におさしつかえがおありなさるんだろうから、早く敷きなよ」
「じゃ、辰とふたりでお口に合うものをこし
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