づかつた
昔の こはれた笛のやう!

僕はあわてて逃げて行つた
あれはたしかにわるかつた
あかりは消えた どこへやら?




 IV 薄 明


音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉をあひだを 染めてながれる

窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香【かをり】よくにほふひと

私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!

やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実【このみ】も高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる




 V 民 謡

    ――エリザのために


絃【いと】は張られてゐるが もう
誰もがそれから調べを引き出さない
指を触れると 老いたかなしみが
しづかに帰つて来た……小さな歌の器【うつは】

或る日 甘い歌がやどつたその思ひ出に
人はときをりこれを手にとりあげる
弓が誘ふかろい響――それは奏でた
(おお ながいとほいながれるとき)
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