ね。受け付けたばかりの印象で、さっそく塾生の品定《しなさだ》めをはじめるなんて。」
 次郎は頭をかいて苦笑した。朝倉夫人はしんみりした調子になり、
「大河さんていう方、無意識に紙ぎれをひろってくだすったとしても、あたしたち、ただその無意識ということだけを問題にしてはいけないと思いますわ。そうなるまでには、どんなに意志をはたらかせ、どんなに苦労をなすったかしれませんものね。」
 次郎は、なぜか顔を赤らめ、眼を膝《ひざ》におとしていた。
 しばらくして玄関に足音がしたが、それは朝倉先生が空林庵《くうりんあん》からもどって来たのだった。
「みんな無事にそろったかね。」
 先生は、事務室をのぞいてそう言うと、そのまま塾長室にはいって行った。二人もすぐそのあとからついて行って、何かと報告した。
 先生は到着のしるしのついた名簿に眼をとおしながら、
「大河も来たんだね。何室にはいったんだい。」
「第五室です。いろんな関係から、それが一番よかりそうに思ったものですから。」
 次郎は、そう言って、室割《へやわ》りを書いた紙を先生に渡した。それには、大河の名を何度も書いたり消したりしたあとがあった。

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