向かって、いくぶんさびのある、ひくい、しかし底力《そこじから》のこもった声で、「千葉県の大河無門ですが」と言い、それから次郎にわたされた塾生名簿をすぐその場でひらいて、自分の名前のところを念入りに見たあと、紹介《しょうかい》された朝倉夫人のほうにおもむろに眼を転じたのであった。
「白鳥会の仲間にも、これまでの塾生にも、あんな型の人はひとりもいなかったようですが、その点から言って、今度の塾生活には、とくべつの意味がありそうで、愉快《ゆかい》ですね。」
「そう。やっぱり一人でも変わった目ぼしい人がいると、それだけ楽しみですわね。……もっとも、そんなことに大きな期待をかけるのは、平凡人《へいぼんじん》の共同生活をねらいにしているこの塾では邪道《じゃどう》だって、先生にはいつも叱《しか》られていますけれど。」
「しかし、先生だって、塾生の粒《つぶ》があまり思わしくないと、やはりさびしそうですよ。」
「それは、何といってもねえ。」
と、朝倉夫人は微笑した。そして、もう一度名簿をくって、自分の印象に残っているほかの顔をさがしているらしかったが、急に首をふって、
「だけど、こんなこと、いけないこと
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