っとちがったところがあるようにも思えるわ。もっと自然なまじめさ、といったものが感じられるんではありません?」
「自然なまじめさ――」
次郎は口の中で夫人の言葉をくりかえした。
「こんなふうに言いますと、大沢さんのまじめさは不自然だということになりそうですけれど、それは悪い意味で言っているのじゃありませんの。ただ、大沢さんのまじめさには、いつも意志がはっきり出ていますわね。いい意味の政治性と言いますか、それが人がら全体にはっきり出ていて、無意識にものを言ったり、したりすることなんか、めったにないでしょう。」
「なるほど、そう言われると、大河という人には、政治性といったものがまるでなさそうに思えますね。」
二人は、その時めいめいに、背のひくい、肩《かた》はばの広い、頬《ほお》ひげを剃《そ》ったあとの真青《まっさお》な、五分|刈《が》りの、そして度の強い近眼鏡をかけた丸顔の男が、のっそりと玄関にはいって来たときの光景を思いうかべていた。かれは黒の背広に黒の外套《がいとう》を重ねていたが、まず肩にかけていた雑嚢《ざつのう》をはずし、それからゆっくりと外套をぬいで、ていねいに頭をさげ、次郎に
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