いう感じがうすらぐかもしれないが、どうもいたし方がない。」
 朝倉先生は、そう言って笑った。みんなも笑った。笑わなかったのは、荒田老と鈴田の二人だけだった。
 次郎が勢いよく立ちあがっていった。
「では、約一時間たったら、また板木《ばんぎ》を鳴らしますから、ここに集まって下さい。それまでは自由に探検を願います。」
 塾生たちは、面くらったような、しかしいかにも愉快そうな顔をして、いくぶんはしゃぎながら、どやどやと室を出て行った。
 塾生たちがまだ出おわらないうちに、朝倉先生が荒田老に近づいて行って、言った。
「長い時間おききいただいて、あうがとうごさいました。しばらくあちらでお休みくださいませんか。」
「いや、もうたくさん。」
 荒市老はぶっきらぼうに答えた。そして、
「鈴田、もう用はすんだ。帰ろう。」
 と腕組みをしたまま、すっくと立ちあがった。黒眼鏡は真正面を向いたままである。
 鈴田はすぐ荒田老の手をひいて歩き出したが、その眼は軽蔑《けいべつ》するように朝倉先生の顔を見ていた。
「もうお帰りですか。どうも失礼いたしました。」
 と、朝倉先生は、べつに引きとめもせす、二人を見おくっ
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