いう感じがうすらぐかもしれないが、どうもいたし方がない。」
朝倉先生は、そう言って笑った。みんなも笑った。笑わなかったのは、荒田老と鈴田の二人だけだった。
次郎が勢いよく立ちあがっていった。
「では、約一時間たったら、また板木《ばんぎ》を鳴らしますから、ここに集まって下さい。それまでは自由に探検を願います。」
塾生たちは、面くらったような、しかしいかにも愉快そうな顔をして、いくぶんはしゃぎながら、どやどやと室を出て行った。
塾生たちがまだ出おわらないうちに、朝倉先生が荒田老に近づいて行って、言った。
「長い時間おききいただいて、あうがとうごさいました。しばらくあちらでお休みくださいませんか。」
「いや、もうたくさん。」
荒市老はぶっきらぼうに答えた。そして、
「鈴田、もう用はすんだ。帰ろう。」
と腕組みをしたまま、すっくと立ちあがった。黒眼鏡は真正面を向いたままである。
鈴田はすぐ荒田老の手をひいて歩き出したが、その眼は軽蔑《けいべつ》するように朝倉先生の顔を見ていた。
「もうお帰りですか。どうも失礼いたしました。」
と、朝倉先生は、べつに引きとめもせす、二人を見おくっ
前へ
次へ
全436ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング