生たちのため精進《しょうじん》料理をこしらえるためである。老師はその粗末《そまつ》な黒い法衣の上にたすきをかけ、手伝いに来た近所のおかみさんたち二三人を相手に、自分でも、こま鼠《ねずみ》のように台所を走りまわるのだった。塾生たちが、その様子を見て手伝いに行くと、
「おうお、こりゃあ助かる。こりゃあ助かる。でも、お客さまに手伝うてもろうては、仏さまに叱《しか》られるがな。」
と、いかにもうれしそうな顔をする。こんなふうだから、いつの旅行の時も、老師は塾生たちにとって忘れがたい人物の一人になるのだったが、とりわけ今度の場合は、杉山部落で賢者のような風貌《ふうぼう》をした片平翁に接した直後だっただけに、対照的な意味でも、ふかく印象づけられたらしかった。
その夜は、精進料理に舌つづみをうったあと、清水の青年たちとおそくまで座談会をやったが、ここにも塾の修了生が二名ほどいて、友愛塾音頭を、一般《いっぱん》の青年たちにも普及《ふきゅう》させていたので、最後にはみんなでそれをおどり、一座に加わっていた老師を子供のように喜ばせたのであった。
第三日目は人間的|交渉《こうしょう》をさけて、ひたすら
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