後、杉山部落を辞し、一路バスで清水《しみず》に行き、三保付近の進んだ農業経営や久能《くのう》付近の苺《いちご》の石垣《いしがき》栽培《さいばい》など見学し、その夜は山岡鉄舟《やんまおかてっしゅう》にゆかりの深い鉄舟寺ですごすことにした。
 鉄舟寺は、朝倉先生と次郎にとっては、もう親類みたようなところであった。それは第一回のときにこの地方に旅行に来て、清水青年団の肝《きも》いりで一泊《いっぱく》して以来、たびたび厄介《やっかい》をかけ、住職の伊藤老師ともすっかり仲よしになっていたからである。
 老師は五尺にも足りない小柄《こがら》な人で、年はもう八十に近かったが、子供のようなあどけない顔をしており、心も童心そのものであった。いつも塾生たちがつくまえから、庫裡《くり》の玄関《げんかん》にちょこなんとすわりこみ、いかにも待ちどおしそうにしていた。そしていよいよ塾生たちの顔が見えると、
「よう来た、よう来た。さあさあ、おあがり。御堂でも庫裡でも遠慮《えんりょ》はいらん。うちのつもりで、すきなところにゆっくりするんじゃ。」
 と、それだけ言うと、すぐ立ちあがって姿を消してしまう。姿を消すのは、塾
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