に名のきこえた、同県の杉山《すぎやま》部落の見学だった。杉山部落は、歴史と伝統に深い根をもち、すでに完成の域にまで達しているという点で、新興革新の気がみなぎっているH村とは、まさに対蹠的《たいしょてき》だった。明治|維新《いしん》ごろまでは乞食《こじき》部落とまでいわれた山間の小部落が、今では近代的な組合の組織を完成し、堂々たる事務所や倉庫や産業道路などをもつに至ったその過去は、塾生たちにとって、まさに一つの驚異《きょうい》であった。
 かれらはめいめいに自分たちの村の貧しい光景を心に思いうかべながら、この富裕《ふゆう》な部落をあちらこちらと見てあるいた。ほとんど平地にめぐまれないこの部落の人たちは、過去数十年間の努力を積んで、山の斜面《しゃめん》を残るくまなく、茶畑と蜜柑《みかん》畑と竹林とにかえてしまったのである。その指導の中心となったのは片平一家であるが、すでに七十|歳《さい》をこしていると思われる当主|九郎左衛門翁《くろうざえもんおう》の、賢者《けんじゃ》を思わせるような風格に接し、その口から報徳社の精神と部落の歴史とをきくことができたのも、塾生たちの大きな喜びであった。
 午
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