とだろう。田沼先生という方はそういう方なんだ。蓆旗《むしろばた》を押したてて青年をけしかけるような運動は、血をもって血を洗うにすぎない、というのが先生の信念でね。」
 次郎は、田沼先生が、二月二十六日の事変後に組織された内閣《ないかく》に入閣の交渉《こうしょう》をうけたのを、即座《そくざ》に拒絶《きょぜつ》した、という新聞記事を見たのをふと思いおこした。それと今の話との間には、直接には何の結びつきもなかったが、信念の人としての田沼先生の人柄《ひとがら》が、それでいよいよはっきりするように思えたのである。
「とにかく、田沼先生も、友愛塾をつづけて行くことはもう断念しておいでだ。君としては、一生をかけた仕事が、わすか十回でおしまいになるのは残念だろうが、考えようでは、仕事がいっそう地についた、大きいものになったともいえる。気をおとさないようにしてくれたまえ。」
 朝倉先生がしんみりとなって言った。次郎はもう何も言うことができなかった。かれは泣きたい気持ちだったが、やっと気をとりなおして、
「すると、先生はこれからどうなさるんです。」
「全国|行脚《あんぎゃ》だね。」
「講演をしておまわりで
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