のばしてあぐらをかいていた。かれの前の机の上には、何一つのっていなかった。窓の光線をうしろにしてふり向いたその顔には、近眼鏡のふちだけが強く光った。
 次郎が朝倉夫人の言葉をつたえると、
「そうですか。」
 と、べつにふしぎに思った様子もなく、のっそりと立ちあがり、それっきりだまって次郎のあとについて来た。次郎も空林庵の玄関を上がるまで、口をきかなかった。
 空林庵の朝倉先生の書斎《しょさい》は、深く陽《ひ》がさしこんで温室のようにあたたかだった。二人がはいって来ると、先生はすぐ言った。
「やあ、大河君も来てくれたか。いてくれてしあわせだったな。……実は、ちょっとうるさいことがあってね。それが対外的の意味をもっているんで、いつもの通り、いきなり塾生みんなの相談にかけても、どうかと思ったもんだから。……」
 対外的という言葉をきいて、次郎の眼はやにわに光った。それはこのごろにない鋭《するど》い光だった。大河もいくぶん緊張《きんちょう》した顔をして朝倉先生を見つめた。
 朝倉先生は、しかし、笑いながら、
「対外的なんていうと、少し大げさにきこえるかもしれんが、そう大したことじゃない。いわゆ
前へ 次へ
全436ページ中363ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング