きてき》だったのは、重臣暗殺の報道だった。とりわけ斎藤実《さいとうまこと》、高橋是清《たかはしこれきよ》といったような、ながく国民に敬愛されていた人たちの遭難《そうなん》の詳報《しょうほう》は、田川大作のような右翼的《うよくてき》傾向《けいこう》の強い塾生たちにも、さすがに悲痛な気持ちをもって迎《むか》えられたらしかった。ほとんど確実に死んだと見られていた岡田首相の生存の報が、この塾堂につたわったのは、もういくぶん刺激に慣れて来た三十日の朝だったが、それがあまりにも意想外であったために、一種のユーモアをまじえた好奇心《こうきしん》をもって迎えられた。
 新聞にせよ、ラジオにせよ、その報道の中に、たえす塾生たちを困惑《こんわく》させた一事があった、それは「蹶起《けっき》部隊」とか、「行動部隊」とか、あるいは「占拠《せんきょ》部隊」とかいう言葉が使用され、三日目になって、やっと「騒擾《そうじょう》」という言葉が使用されたが、それもはっきり「叛乱《はんらん》」を意味するものとは思えないことであった。このことは、塾生たちの間に、しばしば先夜の研究会の論議をむしかえさせる種になり、また朝倉先生に
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