郎は大河ほど雄弁《ゆうべん》な口はきかなかった。かれはむしろ沈黙《ちんもく》がちであり、ごくまれに断片的《だんぺんてき》な意見を発表するにすぎなかった。しかし、かれの明敏《めいびん》さと誠実さから出る言葉は、田川大作のような激情家や、飯島好造のような機会主義者の言葉とはいい対照をなしており、それが他の塾生たちの心の動きに及ぼした効果は、決して小さいものではなかった。
こうして、この晩の研究会は、いつもにない波瀾《はらん》を見せたとはいえ、一二のすぐれた塾生の協力によって、ともかくも友愛塾らしい結論を生み出すことに成功して、最後の幕をとじた。さすがの田川大作も、大河無門の気魄がぐいぐいと全体の空気を支配して行く力には勝てず、とうとう「そうかなあ」という嘆息《たんそく》に似た言葉を最後にもらして、旗をまいたのである。
ただふしぎだったのは、次郎の態度だった。かれは、はじめから終わりまで一言も口をきかなかったが、そうしたことは、これまでに全く例のないことだった。研究会の場合、とりわけその研究題目が青年団に関したものである場合、かれはもう朝倉先生とともに指導的立場に立ってものをいう資格があ
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