》をふるって叛軍《はんぐん》に同情するようなことがなかったとしても、塾生たちが冷静でありうる道理がなかった。事実、かれらの半数は、田川の側に立って激《はげ》しい意見を述べ、他の半数も叛軍の行動には、かなり批判的でありながら、あからさまにそれを叛軍と認めるには忍《しの》びない、といった意見であった。こうして、意見は塾生相互の間で戦わされるよりも、むしろ、朝倉・小川の両先生と塾生たちの間に戦わされる場合が多かったのである。
二人の先生の言葉の調子は、その風貌《ふうぼう》の異なるように異《ちが》っていた。朝倉先生の澄んだ張りのある声は、水のようにさわやかに流れ、小川先生のさびた低い声は、ごつごつと石がころがるように断続した。しかし、両先生が、あくまでも真剣《しんけん》にかれらと取りくみ、かれらのどんな言葉に対しても熱心にうけ答えをしたという点では、変わりはなかった。こうした場合、塾生に十分ものを言わせなかったり、言うことを聞き流しにしたり、冷笑をもって迎《むか》えたりすることが、どんな結果をもたらすかを、両先生ともよく心得ていたのである。しかし、さればといって、両先生は、その真剣さと熱心さ
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