じてばかりでなく、かなり以前から文部省を通じても加えられており、その間に処しての田沼理事長の苦労が一通りでなかったことを知った。
 夜の研究会には、小川先生も自ら進んで加わった。
 討議は、なまなましい異変を中心題目にして、最初から興奮の渦《うず》をまいた。塾生の大多数は、どうなり友愛塾生活の意義だけは理解しており、不十分ながらもその実践《じっせん》にも努力して来たのであるが、それがかれらの生活感情に焼きついて動かないものになるまでには、まだ多くの時日を必要とした。かれらの血を染めているのは、何といっても過去の社会|環境《かんきょう》であり、軍国主義的指導者によって植えつけられた思想であった。ことに最近は独逸《ドイツ》のナチズムや伊太利《イタリー》のファッシズムの大波に上下をあげてもまれている時代であり、その影響《えいきょう》にくらべると、まだ一か月にも足りない友愛塾生活の影響など物の数ではなかった。ちょっとしたきっかけさえあれば、それはあとかたもなく消え去るような、根の浅いものでしかなかったのである。したがって、かりに田川大作のような狂熱的《きょうねつてき》青年がいて、血涙《けつるい
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