《あいつう》ずるところがあるからなのかもしれない。さらに立ち入って考えてみるなら、自分の現在の生活を幸福と感じつつも、まだ心の底に燃えつづけている道江への恋情《れんじょう》、恭一に対する嫉妬《しっと》、馬田に対する敵意、曽根少佐や西山教頭を通して感じた権力に対する反抗心《はんこうしん》、等々が、「歎異抄」を一貫して流れている思想によって、煩悩熾盛《ぼんのうしじょう》・罪悪深重《ざいあくしんちょう》の自覚を呼びさます機縁《きえん》となっているせいなのかもしれない。すべてそうしたことは、かれのこれからの生活の事実に即《そく》して判断するよりほかはないであろう。
で、私は、過去三年半のかれの生活の手みじかな記録につづいて、かれのこれからの生活を、もっとくわしく記録して行くことにしたいと思っている。
二 ふたつの顔
次郎は今朝から事務室にこもって、第十回の塾生名簿《じゅくせいめいぼ》を謄写版《とうしゃばん》で刷っていたが、やっとそれが刷りあがったので、ほっとしたように火鉢《ひばち》に手をかざした。しかし、火鉢の炭火《すみび》はもうすっかり細っていた。謄写インキでよごれた指先が痛い
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