になるんだよ。君の真剣《しんけん》なのはいいが、人間は大事な時ほど大らかでないと、的をはずしてしまうものだ。ちょうど火事の時にくだらんものを持ち出すようなものでね。はっはっはっ。」
次郎は、しかし、笑うどころではなかった。田沼先生のきわめて自然な、的をはずさぬ物ごとの判断が、その深い人間愛から流れ出ているということに気がつけばつくほど、かれは、かれ自身の気持ちが、いよいよ窮屈さと不自然さの中に追いこまれて行くような気がするのだった。
「わかりました。」
かれは、ばかに声に力を入れてそう言ったが、それはほんとうに納得《なっとく》したというよりは、しいて言葉をはげまして、自分の不安をはらいのけているといった調子だった。
ちょうどその時、午後の行事を報ずる板木《ばんぎ》が鳴った。次郎はそれをきくと、逃《に》げるように室をとびだした。
読書会は、広間の畳《たたみ》に、食卓を四角にならべてやることになっていた。塾生たちが「二宮翁夜話《にのみやおうやわ》」を持って席につき終わったころには、三先生ももう顔をならべていた。朝倉夫人は、読書会には、ふだんは手すきの時だけ顔をだすことにしていたが、
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