ですからね。」
「それはひどい。」
 と、小川先生はひとりごとのように言って、その鈍重《どんじゅう》な眼をぎろりと光らせたが、
「いったい、そういう人たちは、この事件を、どう考えているんでしょう。それにいくらかでも、正当性があるとでも思っているんでしょうか。」
「そこなんです、心配なのは。われわれの考え方からすると、これほど明白な叛乱はないのですが、軍首脳部で、まだ一人も叛乱という言葉をつかった人はないようです。それどころか、五・一五の場合と同じように、行動を正当づけるような名称を案出するのに苦心しているらしいのです。」
「むろん、もう陛下《へいか》のお耳にもはいっているでしょうが、陛下はどうお考えでしょう。」
「そのことは、まだ、はっきりしたことは私にはわかりません。しかし、陛下はご聡明《そうめい》です。それに――」
 と、田沼先生は、ちょっと言いよどんだが、
「ご側近《そっきん》には、湯浅《ゆあさ》内大臣のような方もおられます。内大臣はあくまでも筋の通った方だと私は信じます。」
「内大臣には危険はなかったのですね。」
「ええ、ご無事でした。」
 と、田沼先生は何かを回想するようにし
前へ 次へ
全436ページ中306ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング