の雑談の時間を先生に提供することにしており、先生もそのつもりで、いつも何かちょっとした話の種を用意しているのだった。ところが、今日は、その時間になると、すぐ朝倉先生が言った。
「今日は、田沼先生は、あとですこし時間をかけて、ある大事なことを諸君にお話しくださるはずだから、いつものおねだりはやめにして、これで解散する。午後は読書会の時間になっているが、その時間にお話をうけたまわることにしたい。お話がすんだあと、読書会がやれるかどうかわからないが、その用意だけはしておいてもらいたい。」
 塾生たちはいつにない緊張した顔をして食卓をはなれた。
 そのあと、塾長室には、三先生のほかに、朝倉夫人と次郎とが集まった。夫人も次郎も、食卓をはなれて事務室に行きかけたところを、田沼先生に呼びこまれたのであった。
 田沼先生は椅子《いす》に深く身をうずめ、両手を前にくみ、伏目《ふしめ》がちになって話しだした。言葉の調子には、すこしも興奮したところがなかった。むしろ重々しい、考えぶかい調子だった。事変の輪郭《りんかく》は恭一《きょういち》からの電話と変わりはなかったが、もっとくわしく、具体的で、確実性があっ
前へ 次へ
全436ページ中303ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング