夫人と二人きりで話していると、かれはいつとはなしにそんな気持ちになるのだった。夫人の言葉の内容にそれだけの説得力があるわけでは必ずしもなかったが、その言葉のはしばしからにじみ出るものが、かれのいらだつ神経をやわらかになでてくれたのである。
 ストーヴは底ごもるような音をたて、鉄の膚《はだ》をほの赤くぼかしており、窓外の木々は雪をかぶってどっしりと重かった。
「ぼくには、落ちつくということ、まだよくわからないんです。」
 次郎は、かなりたって、ぽつりとそんなことを言った。それはしかし、朝倉夫人に対する抗議《こうぎ》ではむろんなかった。また、かれの深い苦悶《くもん》の表白であるとも言えなかった。うら悲しいような、甘《あま》えたいような気持ちが、自然にそんな言葉となって、かれの唇《くちびる》をもれたといったほうが適当だったのである。

   一〇 異変(※[#ローマ数字2、1−13−22])

 田沼《たぬま》先生が、雪をけって自動車をのりつけたのは、もう小川先生の講義もすみ、食事当番の塾生《じゅくせい》たちが広間に食卓《しょくたく》の準備をはじめていたころであった。次郎が胸をどきつかせなが
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