ともどりした。しかし、どこにもかれの疑惑を解く鍵《かぎ》は見つからなかった。それどころか、かれはただ親鸞《しんらん》にあざけられるような気がするばかりだったのである。
 火鉢《ひばち》の火は小さくなっていて、さすがに寒さが身にしみた。次郎は、「歎異抄」をばたりと閉じ、それを本立てに立てると、事務室に行って、ストーヴのそばの椅子《いす》に腰《こし》をおろした。事務室には給仕の河瀬もいなかった。
 柱時計《はしらどけい》を見ると、もう十一時を二十分ほどすぎていた。かれは、昼ごろには田沼先生が見えることを思い出し、走って炊事室《すいじしつ》に行き、中食の用意を臨時に一人分だけ加えておくように頼《たの》むと、またすぐ事務室にもどって来た。そして、いきなりストーヴの火をかきまわし、それに、石炭を何ばいもつぎたした。変にめいるような、それでいて何かしないではいられないような気持ちだったのである。
 そこへ、朝倉夫人がはいって来た。ふだんは、美しくひらいた眉根《まゆね》が、引きつるように、よっていた。
「次郎さん、東京は、まあ、大変ですってねえ。」
「ええ、おききでしたか。」
「たった今、塾長室でき
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