》」とかいう言葉を自分の心のよりどころにして、明るく人生を眺《なが》める態度を養って来たつもりであったが、それは単なる観念の遊戯《ゆうぎ》にすぎなかったのか。――そういった反省の気持ちで、かれはこれまで、その一節と取っくんで来たのである。
ところが、今は全く別の方向にかれの気持ちが動き出していた。もしこの一節に真理があるとするならば、友愛塾とはいったい何だ。たとえひそやかなものではあっても、その時代への抵抗《ていこう》は決して「非行」ではないはずだ。民族生活の将来に描《えが》くその理想と、その実現のための実践《じっせん》は、決して「非善」とは言えないはずだ。「わがはからひ」を否定して、何の人生があり、何の喜びがあろう。生命とは、自主自律の力そのものを言うのではないのか。「念仏」だけでは、東京の事変はかたづかないのだ。――
かれの心には疑惑《ぎわく》の嵐《あらし》が吹きはじめた。これまで胸の底ふかく培《つちか》い育てて来た「歎異抄」の魅力《みりょく》が、それで根こそぎになるというほどではなかったが、その枝葉の動揺はかなり激《はげ》しかった。かれはせっかちに、ページを先にめくり、またあ
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