いうべきものであった。しかも、それでいて二人の気分はいつも澄《す》みきっており、あせりがなく、あたたかでほがらかだった。次郎は、そうした気分に接するごとに、二人がうらやましくも尊くも思え、同時に自分のいたらなさが省《かえり》みられるのだった。
 ある冬の朝、――それはたしか第四回目の塾生活がはじまろうとする数日前のことだったと思うが、――朝倉先生は、居間《いま》の硝子戸《ガラスど》ごしに、じっと庭のほうに眼をこらし、無言ですわっていた。そこへ次郎が朝のあいさつに行った。すると先生は黙《だま》ってかれに眼くばせした。かれにもそとを見よという合い図らしかった。次郎は、すぐ二人のうしろにすわってそとを見た。葉の落ちつくした櫟《くぬぎ》の林が、東から南にかけて、晴れた空に凍《い》てついている。日の出がせまって、雲が金色に燃えあがっていた。数秒の後、まぶしい深紅《しんく》の光が弧《こ》を描《えが》いてあらわれたと思うと、数十本の櫟の幹の片膚《かたはだ》が、一せいにさっと淡《あわ》い黄色に染まり、無数の動かない電光のような縞《しま》を作った。
「しずかであたたかい色だね。」
 朝倉先生は、櫟の林に
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