か。ふむ、そうか。」
 二人は、いよいよ事件の重大さを直感したらしく、だまって眼を見あった。
「では、君は今日はなるだけ事務室か、君の室かにいて、電話に気をつけていてくれたまえ。」
 次郎は、それで自室に引きとったが、机の上には、相変わらず「歎異抄」がひらかれたままだった。かれは、しかし、今はふしぎにそれに心をひかれなかった。東京の異変でゆすぶられたかれの血は、「歎異抄」とは別の世界に流れ出ようとしているかのようであった。自己|沈潜《ちんせん》の深い洞穴《ほらあな》から、急にあれ狂《くる》う嵐《あらし》の中におどりだして、胸を張り大声をあげて叫《さけ》ぼうとしている自分自身を、かれはかれの全身に感じていたのである。
 かれの眼には、宮城をとりまいて所々に配備されている機関銃《きかんじゅう》や、大砲《たいほう》や、歩哨《ほしょう》や、また、総理|官邸《かんてい》の付近に、雪を血に染めて横たわっている人間の死体や、それらの間を何か声高《こわだか》に叫びながら疾駆《しっく》している若い乗馬将校の姿などが、つぎからつぎに浮《う》かんで来た。
 かれは落ちついてすわっていることさえできなかった。
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