んなことにまでなってしまったのか。おそろしいものだね。徒党《ととう》の争いというものは。」
と、にぎっていたペンをなげすてるように机の上において、腕《うで》をくみ、眼をつぶった。
次郎は、先生が徒党の争いといったのを、政党の争いという意味にとった。
「やはり政党の腐敗《ふはい》に憤激《ふんげき》してのことでしょうか。」
「それもあるだろう。それはたしかに事をおこす名目《めいもく》にはなる。しかし、今度のことは、おそらく陸軍内部の派閥《はばつ》争いに直接の原因があるだろう。」
「陸軍の内部にそんな争いがあっていたんですか。」
「挙国一致《きょこくいっち》」という合い言葉の本家本元《ほんけほんもと》が軍隊であり、そしてその合い言葉で、国民を刻一刻と、のっぴきならぬ羽目に追いたてているのがこのごろの軍人であるということ以外に、軍隊の裏面について何も知らなかったかれとしては、それは無理もない質問だったのである。
「去年の八月だったか、永田鉄山中将が、軍務局長室で相沢中佐に暗殺された事件があったね、覚えているだろう。」
「ええ、覚えていますとも。まだ裁判はすんでいないでしょう。」
「あれなん
前へ
次へ
全436ページ中286ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング