《ゆえ》に、虚偽をにくめばにくむほど、人間の苦しみは深まるものである。次郎にとって、この日は終日、そうした意味での苦しみをなめる日であったとも言えるであろう。かれは、実際、開塾以来の、いや、かれ自身の気持ちとしてはもの心ついて以来の、最もいやな日を、この雪の日にすごしたわけだったのである。
翌日も雪空だった。ときどき晴れ間を見せたが、雪は解けるより積もるほうが多かった。塾生たちは戸外《こがい》の作業が全くできないために、やはりとじこめられた形だった。しかし、次郎にとっては、昨日の日曜にくらべるとはるかに楽な日だった。それは予定の行事を予定に従ってすすめて行けばよかったし、そして、それだけのことは、自分の心をいつわっているという不愉快《ふゆかい》な自覚なしにもできることだったからである。
雪のせいか、その日の午後の郵便物は二時間もおくれて、日暮《ひぐ》れ近くに配達された。ちょうど夕食まえの休み時間で、次郎はその時、何かの用で塾長室にいたが、用をすまして出て来ると、廊下《ろうか》を急いでいた郵便物当番が声をかけた。
「本田さん、あなたにも来ていましたよ。お部屋にほうりこんでおきました。
前へ
次へ
全436ページ中277ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング