言えなかった。考えようでは、何のきまった行事もない、最も自由な日を選び、塾長夫妻をはじめ、全員を一堂にとじこめることによって、みんなの心をいっそうあたためてくれたとも言えるのであった。その証拠《しょうこ》には、塾生たちは、だれがだれを誘《さそ》うともなく、いつの間にか一人のこらず広間に集まり、朝倉先生夫妻を中心に、のびのびと話しあったり、かくし芸を披露《ひろう》したり、友愛塾|音頭《おんど》を踊《おど》ったりしていたのである。
 次郎も、むろん広間に顔を出していた。そして、オルガンをひくとか、そのほか、こんな場合にかれでなくてはできないような役目は、いつもと変わりなく引きうけた。しかし、それがこの日のかれの気持ちにぴったりしていなかったことは、いうまでもない。かれは、ただ、自分の本心をだれにも見すかされないために、みんなと調子をあわせていたにすぎなかった。そして、そうした虚偽がさらに新たな苦汁《くじゅう》となってかれの胸の中を流れ、つぎからつぎに不快な気持ちをますばかりだったのである。
 虚偽をにくむ心は尊い。しかし、人間が徹底して虚偽から自由であることは、ほとんど不可能に近い。この故
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