ょう》の自覚であり、そしてその結果としての自力の絶対否定であった。「善悪のふたつ、総じてもて存知せざるなり」とか、「とても地獄《じごく》は一定《いちじょう》すみかぞかし」とか、「親鸞は弟子《でし》一人も持たずさふらふ」とか、「父母の孝養《こうよう》のためとて、念仏一返にても申したること未《いま》ださふらはず」とか、そういった一途《いちず》な言葉に接するごとに、かれはおどろきもし、むちうたれもし、また同時に救われたような気もするのだった。
 こうして、かれは「歎異抄」に親しむにつれ、これこそ人間の知性と情意との一如的《いちにょてき》燃焼《ねんしょう》であり、しかも知性をこえ、情意をこえた不可思議な心境の開拓《かいたく》を物語るものだ、というふうに考えるようになり、自分みずからその心境に近づくために、いよいよそれに親しむようになって来ていたのだった。ことにこのごろのように、内心の動揺《どうよう》がはげしくなり、自己嫌悪の気持ちが深まって来ると、その中の一句一句が実感をもって胸にせまり、もう一ときもそれが手放せなくなって来たのである。
          *
 二月二十四日は日曜だった。昨日
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