るのが息ぐるしくなり、その眼がこわくなって来るのだった。こんな時こそ、自分から進んで大河にぶっつかり、その助言を求むべきではないか、という気もして、何度か、かれを自分の室に招き、二人きりで、話してみたいと思ったこともあったが、いざとなると、どうしてもその勇気が出なかったのである。
 朝倉先生夫妻に対しても、いくぶん息ぐるしさを感じないではなかった。しかし、仕事の上でどうしても話しあわなければならないことが多かったので、いつもいつも二人を避《さ》けてばかりはおれなかった。それに、二人と言葉をかわしていると、やはり何とはなしに慰《なぐさ》められるような気もして、いったん話しだすと、あんがい尻《しり》がおちつくのだった。しかし、話したあとがいつもいけなかった。というのは、自分の態度に何か不自然なところがあり、それが二人の眼にとまったのではないか、と、それがいやに気になったからである。
 かれがこの数か月間、最も親しんで来たのは「歎異抄《たんにしょう》」で、今度の開塾《かいじゅく》のすこし前ごろからは、すでに書いたように、毎朝まだ暗いうちに起きて、かならずその幾節《いくせつ》かを読むことにして
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