わけではなかった。しかし、かれは、そうしたいやしい疑いがかりそめにもしのびこんで来る余地のある自分の心が、あまりにもなさけなかった。かれは、その時、事務室で、郵便物当番を手伝って、配達された郵便物を各室ごとによりわけていたのだったが、その当番に顔を見られるのが苦しくなり、いきなり自分の室にかけこんだために、かえって当番に目を見張らしたほどであった。
 かれが、このごろ、だれの眼《め》よりもおそれたのは、大河無門の眼だった。かれは、むろん、大河が自分の心の中を見とおしているなどとは考えていなかった。どんなに洞察力《どうさつりょく》のある大河でも、こないだの日曜に恭一と道江とがたずねて来たおり、いっしょに飯を食ったり、わずかの時間話したりしただけで、それができるとは思えなかったのである。しかし、かれが恭一に返事を出したその日に、大河がたまたま浴室で持ち出した恋愛論《れんあいろん》は、期せずしてかれに対する大きな人間的|抗議《こうぎ》となっていた。そして道江に対するかれの恋情が深ければ深いほど、また自分という人間がなさけなく思えて来れば来るほど、この抗議がきびしく胸にこたえ、大河と顔をあわせ
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