青山敬太郎だった。かれは面くらったように、眼を見張って大河の顔を見ていたが、やがて、くすぐったそうに笑いながら、
「ありませんね。」
「ほんとうにありませんか。」
 大河は真顔だった。青山も真顔になりながら、
「あれば、どうなんです。」
「ちょっとたずねてみたいことがあるんです。」
「どんなことでしょう。」
 大河は、しばらくだまっていたが、
「恋愛の経験のない人にたずねても、答えが出るはずがありません。よしましょう。」
 青山は苦笑して、
「実は、ないこともないんですがね。」
「ないこともないぐらいな恋愛では、しようがない。」
 大河は、そう言うとまたもとの黙然たる姿勢にかえり、それっきり口をききそうになかった。すると、湯ぶねの中で、二人の問答をおもしろそうにきいていたほかの塾生たちの一人が、ふざけた調子で言った。
「ぼくは、目下《もっか》命がけの恋をやっている最中なんですがね。」
 みんながどっと笑った。大河は、しかし、そのほうをふりむこうともしなかった。
 朝倉先生は、その時、たたきで塾生の一人に背を流してもらっていたが、それが終ると、湯ぶねの中にはいって来て、言った。
「大河君
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