た。たとえば「河馬《かば》」とか、「仁王《におう》」とか、「どぶ鼠《ねずみ》」とか、「胸毛《むなげ》の六蔵」とか、いったようなのがそうであった。
大河無門も、入浴中に渾名をもらった一人だった。かれの眼は、近眼鏡をはずすと、いつもの光を失い、とろんとした眼になるのだったが、かれはその眼を半眼《はんがん》にひらき、周囲のさわがしさとはまるで無関係に、湯ぶねのすみに、黙然《もくねん》として首だけを出していることがよくあった。ある日、かれのそうした様子を見ていた茶目な一塾生が、四月八日の甘茶《あまちゃ》だといって、タオルにふくませた湯を、かれの頭上にたらたらとかけてやった。かれは、しかし、それでも身じろぎ一つせす、ただしずかに眼をつぶっただけで、その湯を最後までうけていた。それ以来、「お釈迦《しゃか》さま」というのが、かれの渾名になってしまったのである。
今日も大河は、その黙然たる姿でしばらく湯にひたっていたが、急に、何と思ったか、そのとろんとした眼で、すぐとなりにいた塾生の顔をのぞきこみながら、にこりともしないでたずねた。
「君は恋愛《れんあい》の経験がありますか。」
たずねられたのは
前へ
次へ
全436ページ中259ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング